///M3-31 納車から約1年
先ほどE46M3のカタログをペラペラと捲りながらお茶をすすってました。
カタログの中で、343馬力を7900rpmで発生する3.2Lエンジンであることを誇るあまり、ヘリコプターを引き合いに出しています。流石に空を飛ぶことは出来ませが、確かに3.2リッターのNAが343馬力実現し、公道用エンジンとして量産したことは当時として素晴らしい技術だったと思います。
しかし世は変わりました。当時のカタログ上のスペックだけ見れば、M3の馬力とかエンジンのフレキシビリティ等が今となってはそれほど特別には思えないことでしょう。見渡せば自主規制撤廃後の国産車では、300馬力以上出すクルマがいくつもあります。割高な輸入車よりも魅力的に感じる国産車がいっぱいあります。
白状すると、もともと私はクルマ嫌いで…しかも輸入車を、特にドイツ車を、値段の高い低スペック乗り物としか認識していない時期がありました(反省)。ポルシェとかならいざ知らず、普通の乗用車の形をしたメルセデスとかBMWを、国産車と装備やカタログ上の馬力等と比較して、割高だと考えて何となく敬遠していたのです。
しかし乗れば分かるのですが、BMWは「走る」という点を中心にクルマの味が豊かなのです。悪く言えばクルマが、その存在感を過剰に主張するとも言えます。過剰さを「雑」で疲れると感じることもあるかもしれません。(ここが欠点だと思われるのであればメルセデスという選択もあるとのことです←私はメルセデスの事を良く知らないので何処かで読んだ話の受け売りです。)要するにBMWはクルマの味付けが巧みで、数値では表せない要素がぎっしとり詰まっているのです。同じ300馬力の「クルマ」と呼ばれていても違いが大きいのです。これを例え話で説明すると、言われ尽くされてることであって、あらためて私がここで書くような事ではないのですが、食べ物と似ています。例えば牛肉などは産地やブランドが違うと、もはや同じ食べ物とは言えなくなります。100gの「はせ甚」の和牛と普通のスーパーで売っている100gの輸入牛が全く違う食べ物である様に分かりやすい違いがあるのだと思います。
(とは言うもののBMWはやはり割高なのかなぁ。その根拠の一つが中古市場での評価です。M系の一部を除くと新車からの値落ちが激しいような印象が強いです。中古市場の評価はシビアで公正な部分があるかと…。どうもBMWの新車価格は1割から2割ほど高いように思います。)
さて、話を戻すと…。E46のM3はもはや3リッタークラスとしては特に驚くには値しないスペックと言えるかもしれません。しかしこのクルマには、これが設計されたクルマ史の背景などが存在していて、この時代にしか実現し得なかった味が贅沢に織り込まれてるのではないでしょうか。こればかりはオーナーとなって走らないと分からないところです。
この味の要因としては意図して作り混まれたものも多くありますが、決定的なのは意図しないままにクルマへと注ぎ込まれた血のようなものの違いだと感じてます。クルマは機械であって生き物ではありませんが、ある種のクルマには生き物のような血統があるようです。M3もその一例だと思います。M3にはゲルマン人のクルマ造りの拘りとか、欧州のサーキットでの生い立ち等や豊かなクルマ文化的歴史等で培われたDNAが存在していて、そのDNAがこのクルマの特徴を際だたせているように感じています。「血は争われない」と言ったところでしょうか。血が濃すぎる故に、E46M3はエンジン・車体・足周り…何もかも際だった癖のある乗り物になってこの世に出て来たのでしょうねぇ…。約1年ほど乗り込んでみて感じ続けてきた事です。
さて、化石燃料を盛大に燃やして走るM3のようなクルマに、果たしてあと何年乗れるのでしょうか?どうやら世の中のクルマの話題はプリウス一色です。人類がクルマに乗り続けるのであれば脱化石燃料は避けられない選択です。しかしハイブリッドカー等の次世代自動車が、歴史を刻んで味わいを深めるまで、まだまだ時間がかかりそうです。そのころには恐らく私は反射神経もセンスも衰えたジジイになっているような…。その意味でも今の時期にM3と付き合っているという事は貴重なんだなぁと、このクルマとの出会いに感謝しています。
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